義経公ゆかりの鞍馬寺と応仁の乱勃発の地・上御霊神社へ行きました
源義経好きの長女の前からの希望で鞍馬寺へ行ってきました。冬から言ってて、もうすこしあったかくなったらにしようーということでようやく決行。暑くもなく寒くもなく、ちょうどいいお天気。
鞍馬寺到着。狛犬ではなく阿吽の虎が迎えてくれます。立派!家人はむかしむかし来たことがあるそうだけど、私も子どもたちと同じく来るのははじめて。
石段をのぼります。
源義経の供養塔。牛若丸が住んでいた東光坊の跡に建てられているそうです。長女胸アツ。
えっちらおっちら登って、本殿金堂到着。毘沙門天、千手観音、護法魔王尊の三尊が祭られています。
その本殿金堂前にあるのが京都最強パワースポット「六芒星」。私踏んでるけど、この三角を踏むのはダメだったらしいです。えー
振り返って霞がかった向こうの山は比叡山。
本殿金堂でいただいた御朱印。「尊天(そんてん)」と書かれています。
もうちょっと奥まで行って背比べ石とかも見てみかたかったけど、次女がおなかいたいとか言い出したのでここまで。しかし走って下山する次女。
門前前にある喫茶でおやつのぜんざい。次女完食。おなかは。
せっかく京都に来たので私の(家人も)胸アツなスポット、応仁の乱勃発の地・上御霊神社へ。畠山氏の家督相続争い、畠山義就(山名宗全指示)vs畠山政長(細川勝元支持)です。
応仁の乱石碑はこちらです、に吸い寄せられます。
石碑!
なんとこの石碑、東軍ゆかりの細川護煕元首相が揮毫(きごう)してました。細川勝元の末裔で、細川忠興から数えると第18代目細川家当主。おお。
上御霊神社の御朱印は直に書いてもらう形式でなく、ただいま令和元年期間限定のカラフル御朱印。日付だけ書き加えてもらいました。初カラー。
ところで、遅々として進まなかった呉座勇一『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』は、応仁の乱がはじまってからはわりとするする読めました。もうほんとにみんな言うこと聞かないの。そりゃ将軍もいやになるよ……
呉座先生監修の集英社版学習まんが『日本の歴史 7 武士の成長と室町文化』。誰向け?小学生?というくらい内容がハイレベル。細かすぎる。