壺井栄『二十四の瞳』を読んで泣く
木下恵介の映画『二十四の瞳』(1954/松竹大船)が好きで好きで、でも実は壺井栄の原作を読んだことがありませんでした。4年生長女の青い鳥文庫『二十四の瞳』を読んだら、脳内映画再生されて泣けて泣けて歳をとって涙もろさに拍車がかかっている模様。
長女はまだ半分くらい読んだところでおなご先生の楽しいところ。後半は戦争色が強くなります。「待ち受けているものが戦争でしかないとすれば、人は何のために子を産み、愛し、育てるのだろう」という大石先生のつぶやきが、いまはわからなくても成長して考えられるようになるといいなー
二十四の瞳新装版 (講談社青い鳥文庫) [ 壷井栄 ] |
大石先生は高峰秀子でしか思い描けず、親に内緒で先生の家がある一本松まで行った子供たちが先生といっしょに記念に撮った写真のシーンで、ラストと結びついてすでに泣けるという涙もろさ。
時代が違うとはいえ、戦争で生活が窮迫して苦労を重ねていたとしても、ふたたび教職に戻ろうとする大石先生が40歳で、「四十じゃあね。現職にいても老朽でやめてもらうところじゃないか。」の言葉はなかなか身につまされます…… しかし本を読んで、成長した子どもたちに囲まれ涙を流す大石先生が40代だったことに驚き。そういえば大石先生の子どもはまだそんなに大きくなかったかなあ。
木下惠介生誕100年::二十四の瞳 [ 高峰秀子 ] |