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地味な映画と地味な音楽が好き。
マノエル・デ・オリヴェイラ『世界の始まりへの旅』、
ビクトル・エリセ『マルメロの陽光』ラヴ。
文系家人と10歳と6歳の女の子2人、シャルトリューの男の子とひっそり暮らし中。


はたらくおかあさんについて。「幸せな人も傷ついている」 -おとなの小論文教室。より

はたらくおかあさんについて、たいていは小町的なパッシングが多いし、世間的にもそれが主流かと思うけれど、言いにくい心境を文章で見かけると救われる気がします。すこし前のコラムだけど抜粋。妊婦ではないけど、妊婦以降つづく孤独のお話。

(前略)


たとえば、結婚し妊娠した友人は、
女性にとって、何よりの幸せを手にしたと、
うらやましがられ、おめでとうと言われる。
すごろくでいう「あがり」のように見る人もいる。
たしかに幸せなのだ。

けれども、職場で、
秋からの企画や担当が次々と決まっていくなか、
産休にはいる友人だけは、カヤの外だ。

そういう状況は、仕事を本当にがんばってきた人には、
男、女、こどものあるなしに、
まったく関係なく寂しいはずだ。

けれども周囲は、その寂しさに丁寧な関心を払わない。

「こどもが授かったのだからしあわせで当然」
「妊婦なんだから、こどものことを最優先に考えて当然」

こどもを生んで、それでも仕事をつづけるというと、
よっぽど仕事が好きか、よっぽど自己実現がしたいのか、
ととられるという。

そこには、男、女、こどものあるなしに、
まったく関係なく、
人間が社会的な生き物で、
社会とつながりながら収入を得る「働く」ことが、
ごく自然で必要なことだという見方が欠けている。

妊婦=幸せ、というあまりに大きなレッテルのもと、
あまりにおおざっぱに、その人の心の機微を
通り過ぎていると思う。

身のうちに幸せがあって
周囲に気づかれないこともつらいが、
周囲からいやおうなしに「幸せ」の烙印を押され、
身のうちにある小さくても無視できない悩みを
素通りされることもつらい。


(後略)


ほぼ日刊イトイ新聞 - おとなの小論文教室。