地味な映画と地味な音楽が好き。
マノエル・デ・オリヴェイラ『世界の始まりへの旅』、
ビクトル・エリセ『マルメロの陽光』ラヴ。
文系家人と10歳と6歳の女の子2人、シャルトリューの男の子とひっそり暮らし中。


潮漫画文庫版 横山光輝『三国志』を読んでいます

chim.hatenablog.com


潮漫画文庫版横山光輝三国志』をゆるゆる読んでいます。全30巻でただいま23巻目。生まれてはじめて三国志に興味を持って21巻で泣く主婦。21巻から22巻は陸遜の策による関羽の死、英雄・曹操の死、劉備による劉封の処刑(のちの後悔)、張飛の死、ついには劉備の死、桃園の誓いの劉備関羽張飛の3人は22巻にして全員亡くなる怒涛の展開。「長い戦いの人生であったわ」と言い残してこの世を去る曹操の名セリフ。三国志の中心人物たちが消えていく、これは切ない。三国志の終わりが近いのにまだ数巻。長い長いと思っていたのに終焉が近いとさみしい……



劉備のすごさがいまいち分かってない私にもよく分かる劉備への想いがつまった解説文がおもしろくて泣けるので抜粋。

曹操劉備を指して
「いま、天下の英雄は君とわたしだけだ」
といったのは有名な話だった。権謀と才略では劉備曹操に及ばなかった。しかし自発的に曹操の許を去り、屈服しなかったのは、曹操の度量が、絶対に自分を受け入れないと判断したからであると、陳寿はいう。

劉備はまた死に臨んで、孔明に対して
「君の才能は曹丕に十倍する。もし跡継ぎが補佐するに足る人物なら補佐してやってほしい。もし才能がなければ、君は国を奪うがよい」
と遺言した。史上、こんな大胆率直な遺言をした君主はいない。劉備は骨肉の愛にとらわれず、すぐれた者に後事を託するのを、ごく自然にいいことだと考えていた、史上まれな君主だった。だから関羽張飛趙雲を骨肉にまさる股肱として愛し、三人とも犬馬の労をもって報いた。

曹操は骨肉以外に、自分の跡を譲ろうなどとは思わなかった。ただ嫡子の曹丕をさしおいて、自分とよく似た資質を持つ曹植に譲る意思を捨てきれずに懊悩した。

劉備はそういう懊悩からふっきれていた。古きよき時代の、堯舜の禅譲とまでゆかずとも、親子ほど年の違う孔明に、簒奪は実は禅譲なのだから、思い切って行えと示唆するあたりの劉備は、曹操の人間性よりはるかに高い、一種の聖性をすら感じさせられる。